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政治猫

猫が政治に戯れています

Gゼロの時代を考える-中国台頭の影響をどう捉えるか? -

台頭する中国とどう向き合うか。これは日本にとっても世界にとっても重要な問題である。特に中国の台頭が現在の覇権国である米国の相対的な地位低下と同時並行で進み、遅かれ早かれ中国が経済力において米国を追い越すことがほぼ確実視されていること、そしてその中国が現行の国際秩序の挑戦者として振舞っているように見えることがより一層問題を深刻化させている。

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米国の地位低下と中国が台頭した世界を占うものとして注目を集めた本がイアン・ブレマーの『「Gゼロ」後の世界-主導国なき時代の勝者はだれか-』である。Gゼロの時代とはすなわち、これまで超大国であった米国も自由民主主義的先進国の集まりであるG7も新興国を含むG20も国際機関も国際秩序の安定のために「誰もリーダーにならない」時代を指す(もっともGゼロは不安定な秩序なので移行の時代に過ぎないとされている)。

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この議論の暗黙の前提には、国際秩序の安定には覇権国が必要であるという考え(覇権安定論)があるように思われる。人権保護や自由貿易、環境保護、航行自由の原則といった国際社会で尊重されている諸価値やそれを支える国際組織や制度といった国際公共財を提供するにはそれに要するコストを負担してくれる覇権国が必要であるという考えである。こと安全保障面に限定すれば誰かが秩序を守る「警察官」を務めなければなければならないということである。この覇権安定論を前提にして、今日の中国の台頭を分析する上で考慮するべき論点として次の2点、すなわち、①覇権の平和的移行は可能かどうか、②国際秩序の安定に覇権国がそもそも必要なのかどうか、があるのではないだろうか。

 

まず前者について。オーガンスキーによると、支配的大国(以下、覇権国とする)を含む現行秩序に満足している国々が不満を持つ国々を圧倒しているときに秩序が安定するとされ、不満国が急速に成長すると現行秩序への挑戦国となる。覇権国と挑戦国との間で戦争が発生するかについて検討すべき要因がいくつかあるが、特に重要と思われるのが、挑戦国の現行秩序に対する満足度と覇権国の柔軟性(覇権国が挑戦国が受け入れられるよう現行秩序を調整する度合い)である。

 

挑戦国である中国の現行秩序に対する満足度はどの程度だろうか。そもそも中国の今日の発展が自由主義経済によるものであったり(建前としては共産主義を維持しているが)、世界貿易機関(WTO)に加盟していたりすることを考慮すると客観的には中国は現行秩序の恩恵を最も享受した国の一つであり、そのため現行秩序を維持することに利益を見出しそうである。日本の領土である尖閣諸島の領有権を主張したり、南シナ海で挑発的な行動をとったりするのを見ると中国は現行秩序に挑戦しているように見えるが、いずれの問題についても中国が武力紛争に至るような行動をとった場合、各国との経済的な関係が断絶されることが確実である以上、どんなにエスカレートしても現行秩序に挑戦するまではいかないかもしれない。

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次に覇権国である米国の柔軟性について。世銀やアジア開発銀行(ADB)での中国の発言権拡大に米国議会が反対したことが中国のアジアインフラ投資銀行設立の一因となったと指摘されるが、他方で、オバマ大統領を除く歴代の米国大統領は選挙期間中は対中強硬論を訴えるが、ひとたび政権につくと中国に配慮した現実的対応をしてきており、そうであれば、米国の中国の台頭を受け入れる柔軟性は一定程度確保されているともいえる。

 

では、2番目の論点について。ブレマーはGゼロの時代は誰もリーダーの役割を果たさないといっているが、誰もリーダーの役割を果たさないとどうなるのだろうか。ところで、そもそも覇権国の存在が国際秩序の安定に必要不可欠といえるのか。第2次世界大戦後、特に冷戦終結後、米国が唯一の超大国として存在感を発揮し、さらに米国が提供する国際秩序の恩恵を享受してきた日本からすれば、この覇権安定論は直感的に納得出来る理論である。しかし、国際関係論においては極(大国の数)と国際秩序の安定性の関係をめぐって必ずしもコンセンサスが得られているわけではなく、19世紀の欧州のように5ヵ国程度の大国が存在するとき最も秩序が安定するという立場(多極安定論)や、冷戦期の米ソのように二つの大国が存在するときがいいという立場(二極安定論)と、そして覇権国が1カ国存在するときが最も秩序が安定するという覇権安定論が対立していたのである。さらに合理的制度論者のように国際公共財を提供する国際組織や国際制度の創設時にはそれをリードする覇権国の存在が重要であるが、ひとたび国際組織や国際制度が創設されればその維持・運営には覇権国の存在は必ずしも不可欠ではないと主張する立場もある。もし合理的制度論者の主張が正しければ、Gゼロの時代になってリーダーシップを発揮してくれる覇権国がいなくなったからといってただちに国際秩序が不安定化することはなさそうだし、日本にとって耐え難い不利益が生じるということにもならない。

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では、何の心配もいらないのか。ここでも重要なのは、各国の現行秩序に対する認識であろう。各国が現行の国際秩序から恩恵を受けていて維持することが大事であると考えていれば、たとえGゼロの世界となっても秩序の不安定化は避けられるが、新たに台頭した国家が現行秩序に不満を抱いていてその変更を望んでいるなら秩序の不安定化は避けられない。中国はWTO等の国際組織や制度によって恩恵を受けており、これらの組織や制度の存続を望むだろう。他方で、組織や制度そのものには満足していても、そこでの発言権や地位のあり方については異議を申し立てるかもしれない。結局のところ、今後の国際秩序の安定性を占うには、中国の現行秩序への認識や満足度を検討する必要がありそうである。

 

参考文献 

  • イアン・ブレマー(北沢格訳)『「Gゼロ」後の世界-主導国なき時代の勝者はだれか-』日本経済新聞出版社、2012年。
  • 田中明彦「パワー・トランジッションと国際政治の変容-中国台頭の影響-」『国際問題』604、2011年9月。
  • 瀬口清之「アジアインフラ投資銀設立の行方」キャノングローバル戦略研究所HP、2014年12月4日(http://www.canon-igs.org/column/network/20141204_2843.html)。 
  • 「(風見鶏)オバマ氏を褒め殺しする」『日本経済新聞』2016年1月10日(朝刊)。
  • ロバート・コヘイン(石黒馨・小林誠訳)『覇権後の国際政治経済学』晃洋書房、1998年。
  • 山田高敬・大矢根聡『グローバル社会の国際関係論[新版]』有斐閣、2011年。