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政治猫

猫が政治に戯れています

あるべき自分を目指すと、なぜに対立が起きるのか?? —中国の拡張主義的行動は何に起因するのか—

人は何かを失ったときにダメージを受けやすい。同じ金額でも、お金をもらったときのうれしさよりも、お金を失ったときの心理的ダメージのほうが大きいし、恋愛だって、告白して付き合えたときの喜びよりも、別れのときのほうがやはり辛い(付き合えたときに嬉し泣きするよりも、別れたくなくて泣く人のほうが多いのでは?)。

 

私自身を含めて、人は自分のもの(になると予想(妄想?)している場合も含めて)を失いたくないわけです。

 

だって、とても辛いから。

  

だからこそ、そんな辛い思いをしたくないので、そのためなら少々の犠牲だって受け入れる。お金なら、投資で損が出ても、お金を失いたくない、後で値上がりして後悔したらいやだって思っていると損切りができないし、恋愛だったら、別れたくないために相手の理不尽な要求に応えるかもしれないし、まかり間違えば、誰か他の人に取られて自分のものならないことを避けるためにストーカーになり、ともすれば殺しさえもする。。。

 

それもこれも人は失うことによる心理的なコストを払いたくないからなわけです。そのためなら傍目からみて非合理的な行動も、本人からすれば合理的(にうつる)。

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国家だって同じ。何かを獲得したときの価値の増大感よりも何かを失ったときの喪失感のほうが大きいから、自分の領土や資源、権利が奪われた(奪われそう)といった具合に失う恐怖に直面すると、国家(の意思決定者)は、それを避けるために行動をエスカレートしたり、自暴自棄になって博打を打ったりする。

 

でも、そもそも何かを獲得したとか、何かを失ったというのは、どのタイミングを基準にして決まるのか?

 

それを決めるのが「参照基準点」。

 

今まで獲得したものと、これから獲得(喪失)するものを区別する点や線になります。そして通常、参照基準点は「現状」であって、現状と比べて何かを得れば獲得、反対に失えば損失となるわけです。

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ただ、この「現状」ってのがけっこう厄介な概念。

 

というのも、結局いつが「現状」なのって問題があるからです。私がブログを書いている2016年1月16日の今まさにこの瞬間が「現状」、、、ってほど話が単純ではなくて、心理学のプロスペクト理論によると人は獲得したときはすぐにそれを現状と認識する(参照基準点にする)一方で、失ったときはすぐにそれを受け入れない(参照基準点にならない)らしいのです。

 

とすると、獲得した人はそれを自分のもんだってすぐに思う一方で、失った人はそれを受け入れず、あれはまだ自分のもんだって思っている。

 

この状態はとっても不安定。

 

参照基準点がどのように設定されるのか、もしくはある国家は参照基準点をどう認識しているのかを分析すると、なんでその国家がそんな行動を取っているのかがわかったりする。

 

たとえば、領土問題であれば、A国がB国からC領土を奪った場合、Aはすぐにそれを自分のもんだと思い、C領土を持っている現状を参照基準点とする。他方、Bは失ったことをまだ受け入れず、いずれ取り戻せると思っているので、C領土を持っていた過去を現状と認識し、参照基準点としています。お互いが現状の維持や現状の回復に努めていると思っていて、それぞれが自分の行動が正当であると思っているので、双方とても対立的になると予想されます。

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A国とB国それぞれの国民だって自国が防衛側だって思っていれば、政府を支持するだろうし、反対に自国の政府が防衛をちゃんとしてないって思えば、むしろ政府を批判するはず。

 

領土は例としてわかりやすいですが、経済的な利得や地位や名誉、権利にだって同じこと。自国の国力に見合うだけの地位を国際社会で得られていなかったり、過去の栄光時代を現状として参照基準点に設定していれば、その栄光の時代の地位を取り戻そうとして過激な行動にだって出るわけです。特にお互いが自分の行動を現状維持のためだって思っているときが一番危険な状態。

 

っていう話を今の東アジア情勢に当てはめるとどうなるか?

 

1990年代から盛んに進められるようになった中国の愛国主義教育運動では、中国は帝国主義諸国の侵略によって多大な損害を被り、その結果、現在でも国際社会において正当な権利や評価を与えられておらず、本来あるべき地位や権益を取り戻し、中華民族の偉大な復興を遂げなければならないと教えられているらしい。

 

特に2012年に成立した習近平政権はそうしたナショナリズムに依拠する傾向が顕著で、屈辱の記憶をぬぐいさり、中華民族の偉大な復興を達成するという「中国の夢」を強調しているよう。

 

彼らからすれば、東シナ海南シナ海の海洋権益は「本来中国に属するべき」なのに、現在は日本を含む周辺国によって「不当に」占有されているってことになっている。近年、中国が掲げる「海洋強国」というスローガンには、「本来中国に属するべき」海洋権益を確保することが大義名分になっている。

 

先のプロスペクト理論に従えば、中国にとっての参照基準点は華夷秩序のもと栄えていたアヘン戦争以前の中国なのかもしれない。

 

とすると、わたしらからすれば、最近の中国の挑発的行動は現在の国際秩序に挑戦する拡張主義者にしか見えないわけだけど、彼らにしてみれば、あるべき自分を取り戻す損失を回復させる防衛的行動ってことになる。

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この現状認識の違いは、東アジアの国際秩序安定って視点からみれば、あまりワクワクしないですよね。

 

なぜなら、日本からすれば当然にあちらさんがこちらの利益を脅かしているって思っているわけだけど、中国は彼らの認識する参照基準点に従って現状を維持・回復するための防衛的行動だと思っているから、自分たちが悪いとは感じていない。むしろ、やらないと世論の反発を食らう。だからこそ、過激な行動に打って出る危険性が高まる。

 

そして米国もかかわってくると、米国にしてみてば、これまで覇権国として東アジアの国際秩序に関わってきたわけで、彼らからすれば、中国の伸張は米国にとっての損失になるので、現状維持に躍起になるかもしれない。

 

でもって、最近の中国経済の減速。中国がここまで経済発展しても国内での民主化運動が盛んにならないのは、経済成長が共産党の正統性を支えてきたからだとすれば、経済の減速は共産党習近平政権の正統性を傷つけることになる。

 

それは習近平政権にとって権力の低下という損失を意味するので、そうすれば損失回避のために経済発展とは別の政治的資源、すなわちナショナリズムを発揚させることで自分たちの正統性の維持を図るという暴挙にさらに拍車がかかるかもしれない。

 

中国は国としてはさらに発展するけれど、個々の政権の浮沈は別問題。政権の正統性が低下するという損失局面に入った習近平政権が次にどういう手を打つか。慎慮に基づいて行動してくれることを期待するけど、これまでの経緯を見るとますますナショナリズムに依存するんだろうなぁ、と思う今日この頃。

 

#まだキャラ設定が固まっていないので、しばらく口調がころころ変わります(⌒-⌒; )

 

参考文献

阿南有亮「海洋に賭ける習近平政権の「夢」—『平和的発展』路線の迷走と『失地回復』神話の創成—」『国際問題』No.631、2014年5月。

飯田将史「日中関係と今後の中国外交—『韜光養晦』の終焉?—」『国際問題』No.620、2013年4月。

土山實男『安全保障の国際政治学—焦りと傲り—(初版)』有斐閣、2004年。