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民主主義に倦んでいる —トランプ&サンダース現象と民主主義でも解決できない不満層—

Horowtizによると、エスニシティや人種、宗教や言語等の属性によって分断されている社会では、エスニック集団ごとに政党が作られ、自分の属するエスニック集団の政党に投票する傾向が強くなるため、そのような社会では民主主義の定着が困難とされる。

 

多数派エスニック集団と少数派エスニック集団がいた場合、有権者は多数派のほうが多いため、選挙をやると常に多数派エスクニック集団の政党が勝利する。そのため、選挙という民主的なプロセスを経ることが多数派の少数派の支配につながってしまう。

 

そうなると民主主義という政治制度では少数派は常に政治権力へのアクセスが阻害されてしまうのため、仮に少数派の権利や利益が侵害されていたとしても、民主主義という政治制度の回路を通じては少数派の救済は図られないことになる(不満が極度に高まれば武力に訴えることになる)。

 

民主主義国であれば、少数派の権利を保護する法制度が設けられることが通常であるが、それは100%の確実性があるわけではなく、多数派の寛容に依存する。

 

Horowitzの話はエスニック集団に分断された社会のものだが、エスニック集団にかかわらず、どのような社会にも多様な利害や思想、地位や階級などで分かれた複数の集団が存在するのであり、どのような基準で分類するかにもよるが、多数派と少数派が存在することが普通である(もっともエスニック集団の場合は純粋に人口の多寡が問題になるが、他の基準の分類では、数よりも経済力等の政治的資源のあるなしで多数派と少数派が分けられるべきときもある。人口的に多くても政治的影響力がなければ、政治的には少数派といえる)。

 

少数派が現状に不満を抱いていたとしても、民主主義という政治制度のもとでは彼らは政治権力へのアクセスが限られているため、選挙を何回繰り返しても彼らの抱える問題の解決は期待できない。

 

少数派の利益が保護されにくいというのは、民主主義に限らず、独裁制であっても変わらないか、よりひどいのだが、現代に存在するあらゆる政治制度の中で最もマシと考えられる民主主義によっても、少数派が現状に不満を抱く場合、彼らの不満を吸収することは簡単ではないのである。

 

 

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となれば、なぜ米国の大統領選挙においてトランプとサンダースが人気があるかもわかるだろう。

 

白人労働者はトランプ、学生ローンを抱えた若者はサンダースを支持していると言われる。いずれのも決して生活が楽とは言えない、現状に不満を抱いている人たちである。

 

エスタブリッシュメント出身者が大統領に当選することによって、自らが置かれた状況が改善する(不満が解消される)見込みが薄いと予見されるならば、たとえ愚かに見える人物であっても、エスタブリッシュメント以外の人物に賭けようというインセンティブが生じる。

 

大統領に任期は1期4年なので、最低4年、再選されれば8年同じ状態が継続することになる(事実、ジョージ・ブッシュを除けば、レーガン以来大統領は再選されている)。

 

4年または8年、同じ状態が続くとして、エスタブリッシュメント出身者が大統領に選ばれれば4年から8年もの間、少数派の不満が解消されない状態が続くことになってしまう。その間、少数派の(金銭面や精神面などの)損失が発生し続けるとすると、損失回避のために少数派が第三者から見れば非合理的とも思える行動を選択することは不思議ではない。特に学生ローンを抱えていたり、失業していたりと、経済的苦境にある層は8年間も待てないのである。カネが手に入る見込みがなければ、8年後はさらに困難な状況に置かれるであろうことは容易に想像できる。

 

不満が解消されない現状が続くくらいなら、博打だって打ってみる。将来に改善が見込まれない場合、現状不満勢力は座して死を待つつもりはないのである。

 

少数派も現在は不遇でも、臥薪嘗胆し、いずれ自分の目標を達成する機会が到来すると期待できるのであれば、一時の不遇も我慢できるだろう。

 

しかし、現在の米国は政治制度や経済階級が固定され、不満を抱く少数派にチャンスが訪れにくい。

 

アメリカは政治制度という観点からは非常に安定している。アメリカが民主主義をやめることはとても想像できない。また、民主主義にも大統領制や日本やイギリスのような議院内閣制もあるが、歴史的に見ると、民主主義が確立した国で選挙システムの抜本的な変更や大統領制から議院内閣制への転換などはほとんど発生していない。

 

それは社会の安定という利益をもたらす一方、流動制には欠けるため、少数派の利益が確保されにくい状態が続いてしまうことになる。

 

それでもアメリカは、アメリカン・ドリームという言葉が象徴するように、経済的にはのし上がって下克上を成し遂げることも可能であった。しかし、もともと格差の大きかったアメリカは、さらに格差が拡大しており、下克上への扉は閉じられつつある。

 

選挙という手続きで穏当な人物を選択するという通常の民主主義的なプロセスに従っている限り、そして内戦や天変地異によって政治社会システムが根本的に崩壊することで社会の流動性が高まって下克上が可能にならない限り、現状の継続によって少数派が抱える問題は解決されない。

 

これでは、不満を抱く少数派は不満のやり場がない。現状の政治制度や経済制度では彼らの不満は解消されないのである。

 

現状に不満を抱く少数派はエスタブリッシュメントが当選しても得るものがないが、トランプやサンダースが当選することによって失うものもない。ゆえにトランプやサンダースといった異色の候補者を支持することも厭わない。

 

不満を抱く少数派が既存の政治制度や政策に反対しているとして、①彼らが既存の政治制度の枠組みのもとで行動して自分たちの目標を達成しようとするか、②それとも既存の政治制度の枠外で行動して既存の政治制度を放棄または転換しようとするか、この2つの選択肢しかないとする。

 

どちらを選択するかは、不満層が既存の政治制度の中で目標達成が可能であると期待できるかどうか、そして政治制度の変革にどの程度のコストが必要かによって決まる。もし既存の政治制度でも目標達成が可能だと思うのであれば、①を選択する。また、既存の政治制度の中で目標達成が困難だとしても、変革に膨大なコストを要するようであれば、やはり①を選ばざるを得ない。

 

今までは現状に不満を抱いていたとしても政治制度の変革は困難なので仕方なく①を選んでいた人たちも少なくなかったであろう。

 

しかし、トランプとサンダースという異色の候補者の登場によって、選挙という手続きを通じて現状を変えられる可能性が現れたのである。

 

トランプは共和党、サンダースは民主党と、既成政党の候補者であるが、トランプはそもそも政治経験がなく、サンダースも民主社会主義者を名乗るように、これまでの政治家とは一線を画している。その意味で彼らは既存の政治制度の枠外の人物であり、彼らを大統領に選ぶというのは、②の既存の政治制度の枠外で行動して既存の政治制度を放棄・転換することと同義なのである。不満を抱く少数派は彼らに現状を壊す政治的起業家の役割を期待している。

 

おそらく、オバマが2008年に大統領に当選したのも今のトランプ・サンダース現象と同じ文脈なのだろう。

 

あのときも最有力候補ヒラリー・クリントンであった。しかし、民主党候補になったのはオバマであり、彼を大統領に押し上げたのは黒人初の大統領に既存の政治制度の変革を望んだからに他ならない(ヒラリー・クリントンが当選しても初の女性大統領なのだが、ファーストレディーや上院議員の経歴は彼女をエスタブリッシュメントにしてしまい、今回もそうだがかえって経験が彼女を不利にさせている)。

 

オバマは変革を望む不満層の期待に応えることができなかった。というよりも、オバマケアを導入したことを考えれば、彼も十分に画期的な成果を上げたとも言えるのだが、経済的に苦境にある学生や若者、労働者の不満を解消するには不十分であった。

 

それゆえ、現状に不満のある少数派の抵抗が現在でも続き、トランプ・サンダース現象を引き起こしているのである。

 

今回の選挙も最終的には民主党で言えばヒラリー・クリントンのようにエスタブリッシュメント出身者が順当に候補者になると言われている(共和党は誰だろう)。

 

しかし、もしこれでエスタブリッシュメント出身者が当選しても、トランプやサンダースのような極端な発言をする人物でも候補者選びで善戦できるという前例が作られた。そのため、今後も大統領選挙のたびに異色の候補者が立候補することになるだろう。

 

さらにエスタブリッシュメント出身の大統領が、なんら問題を解決できなかったと烙印を押されれば、やはり政治の変革が必要であるという認識が強まり、次回の選挙こそ異色の人物が大統領に選ばれる可能性が高まるにちがいない。

 

年齢を考慮すると少なくともサンダースが大統領選挙に立候補することは難しいだろう(トランプも70歳を越えてしまうので簡単ではない)。しかし、次回の大統領選挙にトランプとサンダースが立候補しなくても、トランプ・サンダース現象は、候補者を変えて今後も大統領選挙に受け継がれることになるだろう。

 

いかがでしょう?

 

参考文献

  • Donald L. Horowitz, “Ethnic Power Sharing: Three Big Problems,” Journal of Democracy, Vol.25, No.2, April 2014.
  • ポール・ピアソン(粕谷裕子監訳)『ポリティクス・イン・タイム:歴史・制度・社会分析』勁草書房、2010年。