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政治猫

猫が政治に戯れています

国際合意の束縛的効果と危機に瀕する日韓慰安婦合意

なぜ政府は他国と合意を結ぶのか。

 

その理由は多岐にわたろうが、理由の1つがのちの政権の意思決定の拘束にある。

 

ある政治指導者が自身の望む政策をのちの世代まで残したいとしよう。政権交代の際に次の政権に残すよう頼むことも可能だが、次の政権がその約束を反故にするかもしれない。少しでも反故にする可能性を下げるには、約束の反故に伴うコストを引き上げることが必要である。

 

その1つの手段が法制化やルール化である。

 

一度法律として成立してしまえば口約束に比べるとはるかにそれを変えることが困難となる。法制化やルール化の外交バージョンが条約や条約にその他多様な国際合意である。

 

前の政権が勝手に締結した合意だからといって、次の政権が簡単にその約束を反故にすると、その政権や国に対する国際的な信用を失ってしまいかねない。そのため、次の政権がその約束に不満をもっていたとしても、国際的な信用を維持するために約束を守らざるをえなくなる。

 

前の政権としてはそれを狙って自身の信条に沿った国際的な合意を締結するのである。

 

次の政権としては前政権が締結した合意を前提に対外政策を運営しなければならないという経路依存性効果に直面するわけである。

 

とはいえ、前政権の合意が反故にされることは当然ありうるし、過去の国際政治においても多々発生してきた。

 

そして、今まさに反故にされようとしている国際合意が存在する。

 

すなわち、昨年12月に締結された慰安婦に関する日韓合意である。

 

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慰安婦支援に日本が10億円を拠出する財団の設立や、日本大使館の前に設置された少女像の撤去問題は韓国の総選挙後に持ち越されていたが、4月13日に行われた韓国総選挙で朴政権の与党セヌリ党が野党「共に民主党民主党)」に大敗してしまったことにより、今後の見通しが不透明になっている。

 

民主党は日韓合意に反対する元慰安婦を陣営の顧問に就けるなど、同党は日韓合意の無効や再協議を求める可能性が否定できない。

 

冒頭で述べたように国際合意を反故にすることは国際的な信用を失うリスクを伴うのであり、同党の中にも再協議に否定的な向きはあるようであるが、予断は許さない。

 

せっかく改善を見せはじめた日韓関係がこれで再び歴史認識問題をめぐって悪化するのは残念である。

 

もっとも歴史認識問題をめぐって前の政権の考えをくつがえしたいと考えるのは韓国ばかりではなく、日本も同様である。

 

昨年は第2次大戦終戦後70年の節目の年であったが、戦後50年の「村山談話」や戦後60年の「小泉談話」のように「植民地支配と侵略」と「痛切な反省と心からのおわび」という文言を踏襲するかどうかをめぐって、しばらく安倍首相は態度を明確にしなかった。というか、村山元首相の個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られる必要はないと述べるなど、否定的な態度をとっていた。

 

最終的には「全体として引き継ぐ」となったように村山談話を踏襲したといえるわけだが、村山談話から20年という短くない年月が経過したせいか、合意(談話なので他国との合意とはいえないが、自主的な約束を宣言したと捉えることはできるだろう)の拘束力はだいぶ低下しているように思われる。

 

日本も韓国も(そして中国も)、こと歴史問題になると合意の拘束力が弱まるように思われる。それは日韓両国に合意を快く思わない層が一定程度存在するのであり、彼らからの支持が見込まれる以上、合意をやぶるインセンティブが政治家にあるからであろう。

 

どの国でも右寄りな層は存在するわけで、特に昨今の歴史認識問題をめぐっては、日本では日本の侵略性や慰安婦南京大虐殺を否定する意見が、韓国では日本の侵略・植民地統治や第2次大戦時の行いを批判する論調がかなりの支持を得やすい。そのため、本当の右派のみならず、選挙や支持目当てに右寄りな言動をする政治家が現れることになる。

 

そのため誰が本当の右派なのかどうかはわからなくなってしまうわけだが、われこそが本当の右派であることを証明するために、日本であれば靖国神社に8月15日に参拝したり、日本の植民地統治や第2時大戦時の行いを否定するような言動をし、韓国であれば日韓慰安婦合意を否定するような言動をするインセンティブを政治家が持つようになるのである。

 

しかし、みなが靖国神社に参拝したり日韓慰安婦合意を否定したりすると自身と他の政治家との差別化ができなくなるため、より過激な言動に走る者も現れる。すべては選挙での支持獲得のために、誰が本当の右派かわからない中で自身が「本当の右派ですよ!」をアピールしようとする行為なのである。

 

村山談話については、踏襲されるかどうかの危機に瀕しながらも、それでもなお踏襲されたのは合意の拘束力ゆえであろうから、その意味では冒頭で述べたように、のちの政権が自身の信条に即した約束を反故にするような意思決定をさせないようにするために国際的な合意を締結するというロジックは機能しているといえる。それでもその効果は万全ではない(し、国民の利益にそぐわない約束であればむしろ変えられなければ困ってしまうから、のちの政権の意思決定が拘束されすぎるのも問題である)。

 

しかし、慰安婦の日韓合意は日韓関係改善の第一歩になる合意である。日韓合意が反故にされて、再び謝罪した、いやしていない、もっと謝れといった不毛な対立によって日韓関係が悪化するのは避けてほしいと思う。

 

いかがでしょう?

 

参考文献

Michael Barnett and Raymond Duvall, eds., Power in Global Governance, Cambridge University Press, 2005.